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執筆者の写真Amagirasu

[#9] 白狐のこっくりさん

更新日:11月14日


白狐の怨霊

3人は緊張感の中で図書室の重い扉を開けた。廊下に出た途端、冷たい風が吹き抜け、何か不吉な予感が彼らの心を刺した。周囲を見渡すと、暗闇に溶け込むように、視界の端に不気味な影が揺らめいていた。


「気を付けて。」


と奏が警告を発した瞬間、その影が実体を持ち、廊下の奥から姿を現した。それは先ほど視聴覚室で見た亡者だった。体中が裂けた布で覆われ、片手には血に染まった重い斧を握りしめている。その眼光は鋭く、3人を睨みつけていた。


「走れ!」


翔が声を張り上げた。

だが亡者は音もなく一気に距離を詰め、斧を振りかざして奏に向かって襲いかかった。奏はとっさに身をひねり、鋭い刃は紙一重で彼女の肩をかすめるだけに終わった。その冷たい鋼の音が廊下に響き、3人の背筋を凍らせた。


「急いで、廊下を走るのよ!」


奏が息を切らしながら叫ぶ。

3人は全速力で長い廊下を駆け抜けた。足音は反響し、まるでその音が不安を煽るかのように、後ろから迫り来る亡者の気配が重くのしかかってくる。曲がり角に差し掛かるたびに振り返ると、亡者は決して速度を緩めることなく追い続けていた。影が薄暗い壁を這い回り、不気味な気配が辺りに満ちていた。

優斗の足元が一瞬よろけたが、翔がすぐに腕を引き、共に駆け続ける。


「あきらめるな、ここで止まったら終わりだ!」


と声を振り絞る翔。奏は視聴覚室に向かう途中で、逃げ続ける自分たちの背後に迫る亡者の足音を耳にした。その足音が金属を引きずるような音と共鳴し、恐怖が背筋を冷たく走らせた。走りながら心の中で考えを巡らせる――亡者の正体が生徒Aの神道昭雄であることは、斧を持っている姿から確信に変わりつつあった。彼こそが狐をバラバラにした犯人に違いない。


「急げ!」


と翔が叫びながら、突然理科室のドアに手を掛け、そのまま勢いよく中へ飛び込んだ。奏と優斗も慌てて後に続く。扉を閉めようとするが、亡者の斧を持つ腕が扉の隙間に差し込まれた。筋張った青白い手が力強く扉を押し返してくる。


「押さえろ!」


翔が叫び、奏も全力で扉を押す。しかし、亡者の力は圧倒的だった。扉が軋む音と共に、ついに破壊されてしまう。扉が破壊された瞬間、亡者の冷たい影が理科室にじりじりと入り込んだ。斧を握る指は痩せこけ、骨ばった関節が音を立てるたびに不気味さが増していく。顔はただれ、眼窩は虚ろに光を宿しており、見つめられると心の底から凍りつくような恐怖が襲いかかる。


「バラバラにしてやる……」


と亡者の低く絞り出す声は、耳鳴りのように響き、辺りの空気を重く押しつぶした。懐中電灯の明かりは弱々しく揺れ、亡者の影が壁や天井に不規則に踊り狂う。


「策はあるか?」


翔が絞り出すように言った。だが、奏はほんの一瞬目を瞑り、冷静さを取り戻した表情で


「ないわ」


と答えた。彼女の声は、異様なほど落ち着いていたが、その奥には決死の覚悟が見え隠れしていた。亡者の口からはかすかに腐臭が漂い、斧をゆっくりと振り上げたその姿は、悪夢そのものだった。斧の刃は暗い赤錆で覆われ、まるで生者の血を待ち望んでいるかのように鈍く光を放っている。

突然、優斗が動いた。顔は青ざめ、震えながらも決意を込めて薬品棚に手を伸ばす。震える指先が硫酸の瓶を掴み、それを亡者の方へと全力で投げつけた。瓶が割れ、中の液体が亡者に浴びせられると、辺りに焦げるような異臭が漂った。

亡者は突然、耳を裂くような叫び声を上げた。その音は人間の声とは思えず、理科室全体を震わせるようだった。肌が溶ける音、引きつった筋肉が弾ける音が静寂を裂き、亡者は一瞬の混乱の中でのたうち回る。


「今だ!」


と翔が声を振り絞った。奏と優斗は目を合わせることなく、恐怖に駆られるように理科室を飛び出した。廊下に飛び出した瞬間、冷たい空気が肌を刺し、視聴覚室までの道のりが果てしなく長く感じられた。

背後からは亡者の断末魔のようなうめき声が響き、3人の鼓動がまるで自分の耳の中で爆ぜるように響いていた。

3人は視聴覚室に辿り着いた。視聴覚室内は薄暗く、教室全体に青白い光が漂っていた。3人の息遣いは荒く、汗と教室の匂いが漂う。


「最初に来た時がなんだか懐かしいな」


と翔が小さく呟いた。あの時の恐怖もひどかったが、今目の前にある現実はもっと異質で容赦のないものだった。

奏は教卓に目を向けながら、


「そうね。遠い昔みたいな感覚ね…」


と冷静に返したが、まばたき一つで消えてしまいそうな静かな決意がその目に宿っている。

視線を教室の奥に向けると、最初にこっくりさんをした場所に、不気味な光を放つ狐の頭部が置かれているのを見つけた。その目はまるで生きているかのように光を宿し、3人を見つめているようだった。


「目が覚めたときはこんなのありませんでしたよ!」


と優斗が驚きに声を震わせる。


「そうよ」


と奏は応じながら、一瞬のためらいもなく頭部を持ち上げた。冷たく、何とも言えない重さが指先に伝わり、奏の手が少しだけ震えた。彼女はそれを教卓まで運び、その場所に慎重に置いた。

教卓の周囲には、血のような赤い液体で描かれた小さな足跡がペタペタとついた。狐のものだとしか思えないその跡は、不気味さを超えて、何か古の儀式の名残のように見えた。


「これをどうするんだ?」


と翔が緊張の面持ちで尋ねる。


「全ての部位を並べるわ。手伝って」


と奏が落ち着いた声で言い、カバンから一つ一つ丁寧に袋を取り出した。集めた狐の身体のパーツを、一つずつ慎重に教卓の上に並べていく。

その間、周囲の空気がさらに重くなり、まるで目に見えない何かが3人の行動を監視しているかのようだった。

狐の身体が完成された瞬間、視聴覚室の空気は一変した。息苦しいほどの静寂が訪れ、室内の薄暗い影がまるで生き物のように蠢くように感じられた。奏はその異様な空気に一瞬気を失いかけ、頭がふらついた。


「おい、しっかりしろ。それでも部長か!」


翔が駆け寄り、倒れかけた奏を腕で支える。優斗も心配そうな顔で二人に駆け寄った。


「ごめんなさい。軽い貧血よ…それより……」


奏はなんとか息を整え、教卓の上に並べられた狐の身体を見つめる。集めた胴体、尾、そして最後に見つけた頭部がすべて揃っていた。狐の目は鋭く光を放ち、その輝きが教卓全体を包み込むようだった。


「…全ての部位を集め終えたわ。これで…安らかに、お眠りください。」


奏の声は微かに震えていたが、その言葉には祈りのような真剣さが宿っていた。

その瞬間、教卓から放たれた青白い光が教室全体を照らし始めた。まばゆい光は徐々に3人を包み込み、暖かくもどこか神秘的な感触が体を通り抜けるようだった。

白狐のこっくりさん


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