図書室に入った3人は、静まり返った室内に足を踏み入れた。薄暗い照明の下で、長い年月を経た本棚が無数に並び、古い本の匂いが漂ってくる。3人はそれぞれの視線を交わし、何かが隠れているはずだと信じて探索を始めた。
「この雰囲気…やっぱり何かありそうね。」
奏がつぶやきながら、近くの棚に手を伸ばす。しかし、どこを探しても狐の身体は見つからない。
「こっちの棚も調べてみよう。」
翔が声をかけ、別の本棚へと移動する。優斗もその後について、冷たい空気が漂う図書室を一緒にくまなく探し回った。彼らは机の下、椅子の隙間、さらには壁際の暗がりまで、徹底的に探し続ける。
しかし、どれだけ時間をかけても狐の身体は見当たらない。奏は不安を感じ始め、心の中で何かが引っかかっていた。
「こんなに探しても、やっぱり見つからないですね…」
優斗が呟くと、奏は頷きながら言った。
「きっと何か手がかりがあるはず。諦めないで探しましょう。」
3人は棚を行き来し、目を皿のようにして見回すが、目的のものはどこにもない。焦燥感が募り、静寂の中に緊張感が漂う。
翔が小声で言った。
「ここに何か秘密が隠されているのかもしれない。何かの都市伝説と関係があるのか…?」
その時、ふと翔が棚の隅にある古い本に目を留める。
「この本、なんだか変じゃないか?」
彼がその本を手に取ると、急に目の前の棚から一冊の本が落ちてきた。音に驚いて3人は顔を見合わせ、直感的に何かの前触れを感じた。落ちた本には「狐と日本の伝承」との題名が記されている。古びた紙の匂いが漂い、そこには様々な狐に関する伝説や物語が書かれている。
「見て、ここには狐が人間の姿に変身する話が載ってるわ。」
奏が指を指すと、翔と優斗も覗き込む。
「狐は人間の思念を吸い取ることができるって…この話、もしかしたら何か関係があるのかもしれない。」
「それに、この辺りに伝わる伝説として、『狐の嫁入り』っていうのもあるね。狐が人間の男性と結婚する話なんだけど…その男性は絶対に狐の正体を知らないまま、結婚生活を続けているんだ。」
翔が続ける。
「ただ、その結婚には必ず悲劇がつきものだ。」
優斗が言う。
「結局、狐は人間の世界に留まれなくなり、彼女が戻る日が来てしまうらしいです…」
「そう考えると、狐って人間の心に影響を与える存在なのかもしれないわね。」
奏が何かを思いついたように顔を上げる。
3人は黙ってページをめくり続け、さらなる情報を探る。すると、突然、図書室の中央にある棚の本がドサッと落ちる音が響いた。3人は驚いて振り向く。
落ちた本に注目し、その表紙をじっと見つめる。表紙には「狐」と書かれており、奇妙な魅力を放っていたが、その本はどういうわけか開けることができなかった。
「おかしいです…どうして本が開かないんだ?」
優斗が本を無理に引っ張ろうとするが、抵抗感を感じて手を離す。
「まるで、何かが封じ込められているかのようです。」
「この本を開くには、何か特別な条件が必要なのかもしれないわ。」
奏が考え込む。翔は図書室の暗い隅で、呪われた本の恐ろしい噂を思い出した。
「この図書室には、呪われた本があるって言われてるんだ。誰かがその本を手にすると、4日以内に必ず不幸が訪れるって…」
「不幸が訪れるって、どんな不幸なんですか?」
優斗が眉をひそめて尋ねる。
翔は目を鋭くし、話を続けた。
「軽い呪いなら大切な試験に落ちたり、軽い風邪を引いたりみたいだ。果ては事故に遭ったりすることもある。実際、他校で何人かの生徒がこの本を借りて、次々と不幸に見舞われたという噂が広まっているんだ。」
「本当にそんなことが…」
奏は不安を感じつつ、言葉を続ける。
「その不幸の原因は何なのかしら? ただの迷信なのか、それとも本当に何か悪い力が働いているのか…」
優斗が手を挙げた。
「でも、どうしてその本が呪われているって分かるんですか? ただの噂かもしれませんし…」
翔はうなずきながら、
「確かに、全てが迷信かもしれない。でも、もしこの本の中に何か真実が隠されているのなら、我々が調査しなければならない。これがその本の真相を知る鍵かもしれない。」
「この本を開くためには、呪われた本の秘密を解かなければならないってことね…」
奏は決意を新たにし、図書室の薄暗い隅で、禁書の棚の存在を思い出した。
「そういえば、この図書室には禁書の棚があるわ。そこは生徒が立ち入ってはいけない場所で、呪われた本もその中にあるかもしれないわ。禁書の棚には近づかない方がいいかもしれないけれど、もしその本に何か手がかりが隠されているなら、確かめないわけにはいかない。」
翔は考え込みながら、
「危険かもしれないが、本を開けるにはその謎を見つけてみないとだな。」
言うと、3人は互いに顔を見合わせ、覚悟を決めて禁書の棚へ向かうことにした。彼らの胸には緊張と期待が交錯していた。
暗い図書室の奥へ進むにつれて、空気がどんどん冷たくなっていく。禁書の棚の前に立つと、その不気味な雰囲気に圧倒されながらも、彼らは一歩を踏み出した。
禁書の棚には、案の定、禍々しい雰囲気を纏った呪われた本が静かに佇んでいた。その表紙は黒ずみ、異様な模様が施されており、まるで見る者を拒むかのようだった。
翔は深呼吸をし、意を決してその本を手に取った。
「これが噂の呪われた本か…」
と呟く。だが、何も起こらなかった。ほっとした様子で、奏と優斗も彼の側に寄り集まった。
「大丈夫そうね。」
奏が言った。翔はその言葉に勇気をもらいながら、本の拍子や裏表紙をじっくりと見回した。
「見ろ、裏表紙には何も書かれていない。でも、触っても大丈夫そうだ。」
翔はそう言いながら、本をぱらぱらとめくり始めた。
ページをめくるたびに、彼の表情は次第に真剣になっていく。
「これ、呪いについて詳しく書かれている…」
翔は驚きの声を漏らす。そこには、呪われた本を持つ者に訪れる不幸の数々が詳細に綴られていた。例えば、「この本を持ち続ける者は、4日以内に取り返しのつかない事故や不幸に見舞われる」という警告が、まるで脅迫のように浮かび上がっていた。翔がそのページをめくると、目の前に現れたのは、先ほどの本と同じタイトルのページだった。そのページには、『狐』というタイトルの本の解除方法が記載されていた。
「本の上でこっくりさんを実行すること」その文字が奏たちの目に飛び込んできた。
「なるほど、これが私たちの次のステップね。」
奏は言った。三人は禁書の棚から元いた場所へ戻り、『狐』という大きな本を中心に座った。本を改めて見ると、確かに儀式の文字が表紙に書かれていた。
「また、こっくりさんをやるのか…」
翔は眉をひそめながら言った。
「そうよ。呪われた本に書かれていた通りにするなら、実行する必要があるわ。」
奏が答える。
「なんだか…視聴覚室でやったこっくりさんが遠い昔のように感じますね…」
優斗は少し感慨にふけりながら言った。
翔は呪われた本をじっと見つめた。
「手順は前回やったやり方で問題なさそうだ。それに…」
彼は本の中に見つけた古びたコインを指差した。
「このコイン、おそらくこの儀式で使うものだろう。」
奏は決意を固めて、
「時間がないわ。考えている暇はない、こっくりさんを再び行うわ。」
と言った。彼女の目は真剣そのもので、決意が感じられた。
「分かった、やりましょう。」
と優斗が応じると、コインを鳥居の上に置いた。続いて、三人は人差し指をコインの上に乗せる。
「それじゃあ、始めましょう。狐の霊よ、私たちの呼びかけに応えてください。」
奏が静かに声を発する。彼女の声が図書室の静寂を破り、周囲の空気がピンと張り詰めるように感じられた。
しばらくの間、静寂が続いた。しかし、次第にコインが微かに震え始めた。翔と優斗は互いに目を見合わせ、緊張感が高まる。
「何か来てる…」
優斗が小声で呟く。
その瞬間、コインが動き出した。最初は小さく、次第に力強く、まるで何かが彼らの指に反応しているかのようだった。
「本の中にいる狐の霊、私たちに教えてください!」
奏が再び声を上げる。
彼女の声は図書室の静けさに響き渡り、周囲の本棚が不気味に揺れるような気がした。
翔は緊張しながらコインを見つめ、
「あなたは呪われた本と、何か関係がありますか?」
と問いかける。すると、コインは無情にも『はい』の方へゆっくりと動き始めた。
「やっぱりそうなのね。…では、何をすべきか教えてください。」
奏の目が輝き、次の言葉を待ち望む。しかし、コインは次第に50音の方へ進み、
「も」「や」「せ」
と止まった。
翔は一瞬驚きの表情を浮かべ、
「もやせ……燃やせという事か?」
と呟く。背筋が寒くなるような気がした。奏もその意味を理解し、
「そうみたいね。おそらく、この呪われた本を燃やせという事なのでしょう。」
と確認する。
コインはそのまま勝手に鳥居へ戻り、静寂が広がる。三人はしばらく無言で見つめ合い、次の動きを考え込んだ。
優斗が不安げに声を上げる。
「コインが勝手に動いた…!本当に、何かを伝えようとしているのかもしれない。」
すると、コインがまた動き始め、
「あ」「と」「ひ」「と」「つ」
と、まるで急かすように文字を並べた。
奏は焦りながらも不思議な感覚に包まれ、
「あと一つ…。全部集めたら…どうなるのかしら…?」
と自問した。コインは再び鳥居へ戻ると、何かの気配を感じたのか、空気が軽くなったように感じられた。
翔は周囲を見渡しながら、
「いなくなった…?」
と疑問を口にする。コインから指を離した三人は、何かを忘れているような不安感に襲われた。
奏が意を決して、
「とりあえず、この呪われた本を燃やさないと…きっと燃やしたらこの本が開くはず…。」
と言い切る。彼女の声には決意が込められていた。
優斗は思い出したように言った。
「そう言えば禁書の棚の方に一斗缶がありました。」
その言葉に奏は目を輝かせ、
「それを使いましょう!」
「こんな時のために、常にカバンの中にライターをしまっておいてよかったわ。」
奏は自信に満ちた表情を浮かべる。
翔は驚愕の表情で、
「おいお前、いつもそんなもの持ち歩いていたのか?」
と問いかける。奏は少し照れくさそうに答える。
「…念の為よ。」
優斗が禁書の棚の方へ急ぎ、一斗缶を持ち帰ると、その中に呪われた本を慎重に入れ、ライターで火を点けた。炎がゆらゆらと揺れながら本を包み込む。
その瞬間、異様な叫び声が本から聞こえてくるような感覚が三人を襲った。叫び声は無形の恐怖を伴い、彼らの心に圧迫感を与えた。奏は一瞬立ち尽くし、翔は後ずさり、優斗は目を見開いて目の前の光景を凝視した。
「これは…本当に大丈夫なのか?」
翔は不安げに声を漏らす。
「今はやるしかないのよ。私たちがこの呪われた本を燃やすことで、何かが変わるはずだから!」
奏は必死に自分を奮い立たせた。
炎の中で、呪われた本は焼け焦げると同時に、黒い煙が立ち昇り、そこから何かが彼らの存在に対して訴えかけているようだった。数分が経過し、呪われた本は黒焦げになり、その形すらも保っていなかった。燃え尽きた残骸からは煙が立ち上り、空気には焦げた紙の嫌な匂いが漂っていた。
そのとき、突然「ガチャ」という音が図書室の静寂を破った。
翔は警戒しながら、恐る恐る手を伸ばし、狐の本の表紙をめくった。ページがめくれた瞬間、目の前に現れたのは、くぼみだった。その中を確認すると狐の尻尾が入っていた。
奏は狐の尻尾をしっかりと握りしめながら、興奮と緊張が入り混じった表情で言った。
「やった、これで狐の尻尾を手に入れたわ。」
翔はその様子を見つめながら考えを巡らせた。
「これで三つ目だ。さっきの狐が言っていたことが本当なら、あと一つ……」
優斗がその言葉を受けて頷く。
「残るのは一つ…それも大事な部分ですね。」
奏は真剣な表情で呟いた。
「頭部よ。」
翔はその言葉に少し驚きつつも、深刻さを増した。
「頭か…一番大事な部分だな。でも、どこにあると思う?手掛かりはもうない。」
奏は廊下の薄暗い隅を見つめながら考え込む。
「そうね…。どうしましょうか。」
優斗が提案する。
「一つずつ教室を調べて回りますか?」
翔は首を振って反論する。
「そんなこと出来るわけないだろう。学校中を探し回るのは無理だ。」
奏は決断を下し、深呼吸した。
「とりあえず、図書室にはもう用はないわね。出ましょう。」
三人は図書室を後にし、廊下に出ると、奏は急に立ち止まり、周囲を見回した。
「廊下の風が…変わった気がする。」
「…確かに、先ほどより生暖かいぞ…」
翔もその異変に気づき、思わず背筋が寒くなる。
奏は少し警戒しながら口を開いた。
「出所を確かめましょう。…私が察するに……」
「視聴覚室。」
彼女の声には決意が込められていた。
白狐のこっくりさん