暗い教室の中、三人は周囲の静寂に耳を傾けながら、再び事件の手がかりを考え始めた。時折、廊下の向こうから聞こえる風の音が不気味に響く。
翔は真剣な表情で言った。
「なら、狐の身体を探し出せれば、ここから抜け出せる…ということだな。」
奏は頷きながら、強い意志を込めて返した。
「きっとそうでしょうね。その狐の怨念が、今回のこっくりさんの原因だとしたら、私たちが何とか探し出してあげる必要があるわ。」
優斗は不安そうに顔をしかめた。
「でも、どこを探せばいいんですか!?旧校舎と言っても、5階まであるし、一つ一つ教室を巡っていたら、埒が明かないですよ!?」
部屋の薄暗さが優斗の声を響かせる。彼は頭を掻きながら、焦りの色を隠せない。
奏は一瞬考え込み、目を伏せた。
「そうね。何か手がかりがあれば良いのだけれど…」
周囲に散らばる古い机や椅子、教科書の山が、彼女たちの背後で静かに見守っているかのようだった。時折、どこかから吹き込む風がカーテンを揺らし、冷たい空気を運んでくる。
3人はしばらく黙り込んで考え込んでいたが、やがて翔が口を開いた。
「もし、生徒Aが関係しているなら、そいつのクラスを調べてみるのはどうだろう?」
「生徒Aのクラス?」
奏が顔を上げる。
「ああ。何か手がかりがあるかもしれない。」
翔は懐から旧校舎の地図を広げ、指で現在地を指し示す。
「今いるのがここ。そして、生徒Aの教室は…2年3組だ。」
「2年3組?」
奏が首を傾げる。
「どうしてわかったの?さっきの新聞記事には学年までは書かれてなかったと思うけど…」
翔はポケットから小さな名札を取り出し、二人に見せた。
「これ、名札なんだが…」
奏がそれを見て、小さく声を上げた。
「名札?それって…」
「そう。お前が目を覚ます数分前、視聴覚室を見回していたら、この名札が教室の入り口付近に落ちていたんだ。ここには『2年3組』って書いてある。これが何かの手がかりかもしれない。」
「なるほど…」
奏は考え込む。
「でも、それがただの落とし物だったら?」
翔は少し間を置き、真剣な目で答えた。
「そうだとしても、俺たちに今できることは、少ない手がかりに賭けるしかないだろう。それに、何もせずここにいるよりは可能性がある。」
奏は翔の目を見て小さく頷く。
「…わかったわ。今の状況で動けるだけでも十分よね。行きましょう、2年3組へ。」
優斗も勇気を振り絞り、奏の背後に立った。
「俺も行きます!」
「まずは2階まで降りないと。」
翔が言い、3人は教室の外に足を踏み出した。
廊下は相変わらず深い闇に包まれ、静寂が支配している。何かが潜んでいるような不気味さが漂っていて、空気が肌にじわりとまとわりつく。3人は息をひそめ、ひたひたと足音を響かせながら、廊下を慎重に歩き出した。
3人は暗い廊下を進み、やっと階段にたどり着いた。しかし、そこには金網のフェンスが設置され、「作業中」の張り紙が貼られている。
「これじゃ通れないわね…」
と、奏が悔しそうに呟いた。
翔は地図を眺め、眉をひそめて言った。
「反対側にもう一つ階段があるけど、結構遠回りになるな。」
「仕方ないわね。遠回りして反対側の階段を使いましょう。」
と、奏は決心したように言い、3人は来た道を引き返し始めた。重い空気の中、廊下を進んでいくが、特に何事も起こることはなく、静寂だけが彼らを包んでいた。
ようやく2階に降り立った3人は、目的の2年3組の教室へと歩みを進める。暗がりの中でクラス名が書かれたプレートを確認し、3人は2年3組の教室の前に立った。
「ここね…」
奏は少し緊張した面持ちで扉に手をかけ、ゆっくりと引いてみたが、鍵がかかっている。
「マスターキーの出番ね。」
奏は振り返り、優斗に合図を送った。
「了解です!」
優斗は頷き、前に出るとマスターキーを鍵穴に差し込んで慎重に回した。重い音を立てて扉が開き、中の空気がゆっくりと外に流れ出てくる。埃っぽく、長年放置されたような重い匂いが漂っている。
「何か手がかりがあればいいんだけど…」
奏は懐中電灯を手に、教室内を照らしながら進み、机の上やロッカーの中に視線を走らせた。
その時だった。
「おい、これ…」
と翔が低い声で呼びかけ、教室の奥にある机の一つを指さした。彼の視線を追って近づくと、3人の目に映ったのは、動物の上半身と思しき不気味な物体だった。首と下半身がない、まるで切り取られたかのような死骸が、埃まみれの机の上に横たわっている。
「これは…!」
奏は息を呑んだ。
翔が厳しい顔つきで言う。
「おそらく…今回のこっくりさんの正体だな…」
優斗は顔を青ざめ、思わず目をそらした。
「…ちょっと俺、気分が悪いです…」
その時、優斗は何か異様な気配を感じ、ぎょっとして辺りを見回した。その気配はゆっくりと3人に近づいてくるようだった。
「先輩方…あれ…」
優斗は恐怖に震えながら、小さな声で二人に知らせる。指先が震えながら、廊下の暗がりを指し示した。
二人も優斗の視線の先を追い、懐中電灯を向ける。闇の中、ぼんやりとした影がこちらに向かって揺れるように近づいてきている。それは、半透明で形がぼやけた亡者のような存在。
「亡者ね…。厄介なことになる前に何とかしないと…!」
奏が緊張した面持ちでつぶやいた。
その瞬間、教室の黒板に血のような赤い文字が勢いよく浮かび上がる。
『 か ら だ か え せ 』
「体を返せ、だと…!?」
翔は驚愕の表情で黒板を見つめ、そのまま机の上のバラバラになった動物の上半身に目を向けた。
「今は考えている暇はないわ。不気味な存在も近づいているし、とにかくこれを回収して。」
奏はカバンからポリ袋を取り出し、翔に渡した。
「…あんまり触れたくはないが…仕方ないな。」
翔は顔をしかめながらもポリ袋を開き、意を決して動物の残骸を慎重に袋に入れる。冷たい感触に思わず鳥肌が立つが、何とか耐えた。
「これで良いわ!」
奏は翔から袋を受け取ると、丁寧にカバンの中にしまいこんだ。
そのとき、優斗が震えた声で二人に呼びかける。
「先輩!見てください…!」
亡者のような存在が唸り声をあげながら、ゆっくりと教室の入り口を超えて内部へと入ってきていた。足音は重く、湿気を帯びたような空気が教室に満ちていく。
「他に…何か手がかりは……」
奏は息を整えながら、懐中電灯で教室の隅々まで視線を走らせる。その間に翔と優斗は、反対側の扉まで後退し、退路を確保した。
「おい、森下!急げ!」
翔が焦った声で促す。背後の影がゆっくりと近づき、息の詰まる緊迫感が教室を覆った。
その時、
「あったわ!これが役に立つかもしれない!」
と、奏は教卓の上に置かれた古い冊子を発見し、素早く手に取った。彼女はすぐに翔と優斗のもとへ駆け寄り、三人はその場を急いで離れる。
廊下を駆け抜け、少し先の教室に身を潜めて、ようやく息を整えた。部屋の静寂が3人を包む中、全員が互いに無言で目を合わせる。
「これがきっと役に立つと思うわ。」
奏は教卓の上から手に取った『生徒記録帳』という表紙の古びた冊子を二人に見せた。
「何ですかこれ?」
と優斗が不思議そうに聞く。
「生徒に関する情報が書かれているノートね。教員同士で情報を共有するために使っていたみたい。昔はデジタルじゃなくて、こういう冊子で管理していたのかもしれないわ。」
奏がページをパラパラとめくる。
翔が名札を差し出し、
「名前を見てくれ」
と言った。奏は受け取った名札を見つめ、
「神道昭雄…」
と小声で呟きながら該当するページを開いた。
「あったわ。」
そこには神道昭雄についての記述があった。
『おとなしく、真面目。成績も優秀。誰に対しても優しく、接しやすい。』
「教師たちはこんなことを共有していたのか?」
翔が驚いたように言う。
「今じゃ考えられないでしょうね。でも、インターネットが普及していない時代にはこうして冊子にしていたのかもしれないわ。」
奏が冊子を見つめる。
翔はページに記された情報を確認しながら、
「ここに書かれている内容だと神道は優等生だな」
と呟く。優斗も考え込むようにして、
「そうですね……でも、そんな真面目そうな神道さんがどうして視聴覚室で遺体で発見されたのか…それに、今回のこっくりさんとどんな関係があるのか…まだ謎ですね。」
と言った。
奏は少し考え込んでから、
「私は裏の顔があったんじゃないかと思うの」
と言った。
「裏の顔だと?」
翔が訝しげに聞く。
「ええ、そんな気がするの。今は根拠はないけど、直感でね。」
奏は言いながら冊子をさらに読み進める。
ページには、神道昭雄がよく図書室で本を読んでいたことが書かれていた。
「神道さんの教室にこっくりさんの身体の一部があった。それなら図書室にも体の一部が隠されているかもしれないわ。」
奏は二人に提案した。
「図書室か…調べてみる価値はありそうだな。」
翔が頷く。
その時、不意にどこからかピアノの一音が響き渡った。
「ピアノ…?」
奏はその音に反応し、首を傾げる。
「なんで誰もいないのにピアノの音が鳴るんですか?」
優斗はぞっとした表情で小さな声を漏らした。
「これも何かの手掛かりなのかしら…?」
奏はつぶやき、翔が地図を確認しながら
「音楽室から聞こえたとすれば、場所は4階だな」
と言った。
「先に音楽室に向かいましょう。」
奏が真剣な表情で提案する。
「音楽室か…分かった、行こう。」
翔が小さく頷き、優斗も不安そうに続いた。
3人は静かに教室を出て、薄暗い廊下へと足を踏み出した。廊下には寒気を感じるほどの冷たさと、嫌なほど重苦しい静けさが漂っている。遠くに響くかすかな風の音が、まるで何かが潜んでいるかのような錯覚を与えていた。
「何も起きませんように…」
優斗は心細そうに小さくつぶやき、2人の後ろを恐る恐るついていく。足音が廊下の静けさをかき消すたびに、3人の緊張が一層強まっていった。
暗闇の先に待ち受けている音楽室へ向かって、3人は慎重に歩みを進めた。
白狐のこっくりさん