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執筆者の写真Amagirasu

[#4] 白狐のこっくりさん

更新日:11月14日


白狐の怨霊

亜里沙が退出してから20分ほどが経ち、視聴覚準備室の窓の外は完全に夜の闇に包まれていた。他の教室は暗く、学校全体が静寂に浸る中、この部屋だけがぽつんと明るさを保っていた。まるでここだけが現実から切り離されているような、奇妙な静けさが漂っている。

奏は机の上に置かれた用紙に目を落とし、手際よくクリアファイルに収めた。そして、財布から10円玉を取り出し、小さく息をつく。


「準備完了ね。」


そう言うと、隣にいた翔がじっとこちらを見て、軽くうなずいた。


「準備は整ったか?」


「ええ、あとは旧校舎に行くだけよ。」


翔は少し不安げな表情を浮かべながらも、静かに念を押すように尋ねる。


「本当にどうなっても知らないぞ?」


「分かってるわ。でも念のため、さっき読んでいた本もカバンに入れておいたの。こっくりさんのことも書かれていたし、何かの役に立つかもしれないしね。」


「そうか…。」


奏はカバンを肩にかけ、用意していた懐中電灯を手に取る。暗闇の準備を終えた二人の間には、わずかな緊張感が漂っていた。


「それじゃあ行こうかしら。懐中電灯の準備もできているし、あなた、電気を消してくれる?」


「はいはい…。」


翔は小さくため息をつきながらも、部屋の明かりを静かに消し、二人は闇の中でお互いの顔を見つめた。ほんのわずかだけ視聴覚準備室の明かりが外廊下に漏れていた光景が消え去り、廊下に響く足音だけが静かな学校内に響き渡る。二人は夜の廊下を慎重に歩きながら、旧校舎へ向かって進んでいった。

夜の学校はまるで異世界のようで、昼間には見慣れた廊下の隅々にまで、不気味な陰が忍び寄る。ふと窓の外に目を向けると、木々が風でざわめき、窓に張り付く雨粒が街灯の光を反射して小さくきらめいている。寒さが増す中、二人は口を閉ざしながら歩を進め、無言の緊張がその場を支配していた。

途中、翔がぽつりと話しかけた。


「なあ、こっくりさんって…知ってるとは思うけど、低級霊しか呼ばないって聞いたことあるか?」


奏は小さくうなずきながらも、意外そうに尋ね返した。


「低級霊が来るのは知ってたけど、でもそれが何か?」


「他の地域じゃ、安全にするために『ブンシンサマ』って儀式を使うところもあるらしい。そっちだと、少なくとも動物の霊は来ないって話だ。」


「へえ、そうなの?それは知らなかったわ。」


「試してみても面白いかもな。今度機会があればだけど。」


「ふふ、それも悪くないわね。」


話をしながら進むうちに、二人はついに旧校舎の入り口へとたどり着いた。外はまだ小雨が降り続き、冷たい風が二人の体をかすめていく。扉の前で懐中電灯を向けると、古びた扉が静かに雨の中に立ち尽くしていた。翔が扉に手をかけてみたが、重く鈍い音を立てるだけで開かなかった。


「鍵がかかってるわね…」


「残念だが、出直すしかないな。」


その時、不意に生暖かい風が二人の背後を通り抜けた。夜の冷気の中で奇妙に不自然な暖かさに、二人とも思わず背筋がぞくりとする。そんな緊張感の中、ふと軽快な足音が近づき、通りかかった優斗が不思議そうにこちらを見た。


「先輩方、こんな時間に何してるんですか?」


「これから旧校舎で調べようとしてたんだけど、どうも鍵がかかってるみたいなの。」

「それに、行方不明の事件があったから、旧校舎には立ち入り禁止の措置が取られてるみたい。」


優斗はふっと笑みを浮かべ、ポケットから一つの鍵を取り出した。それは学校のマスターキーだった。


「ここに、マスターキーがあります。」



奏は少し驚きながらも、どこか期待に満ちた表情で応じる。


「それがあるなら心強いわね。」


「ただし、使うには条件があります。」


「何かしら?」


「もし真相をつかんだら、オカルト研究部の記事を一つ書かせてください!」


優斗が元気よく提案すると、奏は少し微笑んで頷いた。


「構わないわ。ただ、あまり目立たないようにね。」


「変な記事にはするなよ?」


翔が念押しする。


「任せてください!」


と元気よく返事をした優斗が鍵を扉に差し込むと、静かだった旧校舎の扉が鈍く開く音を立てて、冷たい闇の中にその入り口を現した。


3人は扉を開けた先の暗い旧校舎の中を覗き込んだ。懐中電灯の光が廊下の奥へと伸び、ぼんやりとした光が古びた壁や床を映し出している。雨音が遠くから微かに聞こえる中、重苦しい沈黙が辺りに漂っていた。優斗は思わず背筋がぞくりとするのを感じ、顔をしかめた。


「俺…やっぱり、ここで帰りますね~…」


優斗は苦笑いを浮かべながら懐中電灯を握りしめ、扉の前に戻ろうとした。


「鍵は預けておくので!」


しかし、その瞬間、奏が彼の腕を軽く掴んで引き止める。


「ちょっと待って。あなた、良い記事を書くんじゃなかったの?」


優斗はハッとして、少ししどろもどろになりながら答えた。


「そ、それはそうなんですけど…何というか、やっぱり夜の学校って、怖い雰囲気がすごくて…まさに怖さ満点っていうか…」


奏は小さくため息をつき、少し厳しい表情で彼を見た。


「こんなことで逃げ出していたら、オカルト研究部の一員としては失格よ?」


「えっ…俺、オカルト研究部じゃないんですけど……」

優斗は驚いたように奏を見つめると、彼女が真剣な眼差しでこちらを見返していた。彼がもう一度後ずさろうとしたその時、今度は翔が冷静に口を開いた。


「怖くないって言ったら嘘になる。でも、俺たちは何かを突き止めるためにここにいるんだ。」


「そう。私だって怖いわよ。」


奏は一呼吸おいてから静かに続けた。


「でも、こんなところで怖がってたら、オカルト研究部の部長としてのプライドが許さないの。」


優斗はその真剣な言葉に少し圧倒され、視線を落とした。


「…先輩がそんなに本気だなんて、ちょっと意外です…」


「だったら、ここであなたの覚悟も見せてもらいましょう?それでいい記事が書けるなら、お互いにとってプラスよ。」


優斗は一瞬迷ったが、やがて頷いて肩の力を抜いた。


「わかりました、やります!…なんとか怖さに耐えますね。」


「よろしい。」


奏が微笑むと、再び懐中電灯を手に3人は旧校舎の奥へと慎重に足を進めた。古びた廊下の先に広がる闇が、不気味なまでに彼らを迎え入れようとしているかのようだった。

3人は旧校舎の廊下を慎重に進みながら、周囲に目を凝らしていた。懐中電灯の小さな光が不気味な影を作り、ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。雨音が遠くから微かに響き、旧校舎の静寂が重苦しい雰囲気を増している。

奏がふと立ち止まり、声をかけた。


「確認なんだけど、向かうのは5階の視聴覚室で間違いないわよね?」


翔はゆっくりと頷きながら答える。


「ああ、そこだ。旧校舎とはいえ、視聴覚室は今でも一部の授業で使うことがあるみたいだが、めったに来る人はいないはずだ。」


奏は旧校舎の広さを改めて感じながら、ため息をついた。


「本当、こんなに広いとはね。方向を間違えたり遠回りしたら、ただでさえ時間がかかりそうだわ。」


すると、翔はさっとカバンから何かを取り出した。それは、旧校舎の見取り図だった。


「だからこれを持ってきたんだ。万が一迷っても、これを見れば大丈夫だろう。」


奏はその見取り図を覗き込み、少し驚いたように微笑んだ。


「あら、さすがね。準備がいいわね。助かるわ。」


優斗も地図を覗き込み、少し安心した表情を見せた。


「それがあれば、どこに何があるかすぐ分かりますね。さすが副部長!」


翔は軽く肩をすくめ、地図を畳み直し、懐中電灯の光を廊下の奥に向けた。

その瞬間、廊下の奥で微かに軋む音が聞こえ、3人は思わず顔を見合わせた。まるで自分たちの足音が反響しているかのように、薄暗い廊下の中に音が溶け込んでいく。

3人は薄暗い廊下を進み、やがて目的の階段にたどり着いた。奏が懐中電灯を掲げ、薄い光が階段の手すりに映る。

奏が振り返って決意を込めた表情で言った。


「一気に5階まで登るわよ。」


言い終わると、彼女は一歩、階段に足を踏み入れた。翔と優斗も少し遅れてその後ろに続く。階段を踏みしめるたびに響く足音が、静寂の中で不気味に響き渡り、まるで彼らが立ち入ることを警告しているかのようだった。

階段の途中で突然「ギシッ」と軋む音が鳴り、3人は思わず足を止めて顔を見合わせる。古い木造の床が反応しただけだと分かっていても、その音が妙に耳に残り、心拍数が上がるのを感じた。

さらに、建物の隙間から冷たい風が吹き込んできて、遠くから聞こえる雨音に重なり、耳元でささやくような音になっていた。優斗はそっと身震いしながらも、背後から不安げに問いかける。


「ほんとに…これ、ただの風の音ですよね?」


奏は振り返らずに小さくうなずき、上を見つめたまま返事をした。


「…そうよ。ただの風。怖がってたら、何もできなくなっちゃうから。」


そうは言いながらも、彼女の表情もどこか緊張を含んでいるように見えた。暗闇の中、3人はお互いに励まし合うように再び足を踏み出し、音を立ててひたすら階段を上がっていった。

3人は5階の踊り場でしばらく息を整え、暗い廊下を一歩ずつ視聴覚室へと進んでいった。途中、視聴覚室のプレートが見えると、奏が足を止めて低く言った。


「ここね…」


その声は静寂の中で緊張を帯びていた。

翔も視聴覚室の扉を見つめて、眉をひそめる。


「ここで本当にこっくりさんをやるつもりなのか?」


後ろにいた優斗がハッと息を飲んだ。まさかここで「こっくりさん」をやるとは思わず、視聴覚室に入って安否を確認するだけのつもりだった彼は、強く動揺を隠せない。


「こ、こっくりさん…!?そ、それって冗談じゃないですよね?」


優斗の顔が青ざめ、まるで入口に戻りたそうに廊下の方をちらりと見やる。今になって旧校舎の入口で引き返すべきだったと、心の中で大いに後悔していた。こんな薄暗い場所で霊を呼び出すなんて、正気の沙汰とは思えない。

奏は扉を見つめたまま、落ち着いた声で答える。


「まだ入ってもいないけれど、凄く不気味な感じが伝わるわね…。」


翔もその空気に圧倒され、何度目かの確認をする。


「…本当にやめておくか?」


優斗は二人をどうにか説得しようと焦って声を上げた。


「それが良いですって!絶対引き返した方がいいですよ、先輩方!」


優斗の内心は、お化け屋敷以上の恐怖を感じており、これ以上進むのは命知らずのようにすら思えた。だが、奏は真剣な顔で首を横に振った。


「ここまで来て引き返しても何も変わらない。真相を確かめるためには、実行すべきよ!」


そう言って、彼女は躊躇なく視聴覚室の扉に手をかけると、意を決して思いきり扉を開け放った。視聴覚室の扉が開かれると、黴臭い匂いと埃っぽい空気が3人にまとわりつき、暗闇がより一層その部屋を不気味にしていた。視界がぼんやりと暗く、僅かな明かりでさえ無力に思える。奏は緊張を押し殺して、ゆっくりと室内に一歩踏み入れる。翔もその後ろを慎重についていく。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


優斗が慌てて声を上げ、二人に追いつこうとした。

視聴覚室の中央あたりまで進むと、奏は立ち止まり、何かに背筋をざわつかせるような、嫌な空気を感じ取った。少し眉をひそめながら呟く。


「ここ、何かいるのかもしれない…。すごく嫌な感じがする。」


翔も視線を巡らせ、不穏な雰囲気に身をすくめる。


「やっぱり本物っぽい感じか?」


「ええ…長くここにいるのは避けたいわ。だから、さっさと始めましょう。」


奏が決意を固めた様子で答える。

優斗は、緊張で小刻みに震えながらも意を決したように言った。


「俺も男ですから…もうどうにでもなれって気分ですよ!」


奏は辺りに目を走らせると、近くの机の上で儀式を行う準備を始めた。バッグからこっくりさんの用紙を取り出し、古い机の上に静かに広げる。翔と優斗も、壁際から埃まみれのイスを引っ張り出してそれぞれの位置につき、静かに座った。

奏が全ての準備を整え、視線を二人に向けて緊張感の中で口を開く。


「出来たわ。それでは…始めましょう。」

白狐のこっくりさん


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