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執筆者の写真Amagirasu

[#5] 白狐のこっくりさん

更新日:11月14日


白狐の怨霊

儀式用の紙に描かれた鳥居の上に置かれた10円玉に静かに人差し指を置いた。室内には彼らの小さな息遣いと、窓をかすめる風の音だけが漂っている。

奏が低く、しかしはっきりとした声で指示を出す。


「全員で、せーので『こっくりさん』と2回唱えるわ。準備はいい?」


二人が緊張の中、軽くうなずく。


「せーの…」


全員が声を揃えた。

「こっくりさん、こっくりさん」


唱え終わると、奏が一人で言葉を続けた。


「どうぞおいでください。おいでになられましたら、『はい』へお進みください。」


部屋は再び静寂に包まれ、3人の視線はじっと10円玉に向けられていた。わずかな沈黙の後、10円玉が小刻みに揺れ始め、ゆっくりと「はい」の方向へと滑り出す。その動きを目の当たりにし、翔は真剣な面持ちで静かに息を呑み、優斗は明らかに青ざめた表情を浮かべていた。


「ありがとうございます。では、鳥居へお戻りください。」


奏が礼を述べると、10円玉は再び鳥居へと戻り始めた。儀式の流れを再確認した奏は、二人の顔を見て、今後の質問を始める意思を示した。


「質問に答えた後は、必ず鳥居へお戻りください。」


少し緊張しながらも、真剣な表情を浮かべる。


「じゃあ、いくつか聞いていくわね。」


「…ああ、わかった。」


翔が一つ頷き、優斗はやや引きつった笑みを浮かべる。

指先に感じるわずかな重さの中、3人の間に緊張が張り詰め、空気がさらに重くなるのを感じていた。奏は静かに一呼吸を置き、再び口を開いた。


「こっくりさん、こっくりさん、数日前にこっくりさんを行った女子生徒二人、神田詩音さんと墨田佳奈さんのことを知っていますか?」


3人が10円玉に視線を集中させると、しばらくの間静止していたそれがゆっくりと「はい」の方向へと進み出した。


「知っているのね。ありがとうございます。」


奏が穏やかに礼を述べると、10円玉は再び鳥居の位置に戻ってきた。

続けて、奏が慎重に次の質問をする。


「二人はまだ、生きていますか?」


再び静寂が視聴覚室を包む中、10円玉はまたしても「はい」へと動いた。


「まだ生きているのか…」


翔が低くつぶやく。


「そうみたいね。」


奏が小さく頷き、ふと目を閉じて考え込む。


「…このまま手掛かりを探さなくちゃ。」


その時、静寂の中に外の雨の音がじわりと響き、視聴覚室に差し込むかすかな明かりがぼんやりと揺らめく。そして、持参していた懐中電灯の光が不規則に点滅し始めた。

異様な雰囲気の中、奏はさらに問いを重ねる。


「では、その二人は今、どこにいますか?」


今度は「はい」や「いいえ」ではなく、具体的な場所を求めたため、10円玉はゆっくりと50音の方へ進んでいく。そして


「め」「い」「か」「い」と指し示した。


「めいかい…『冥界』ということかしら?」


「冥界だなんて、にわかには信じがたいな。」


翔が難しい顔をして首をかしげる。優斗は言葉を失ったまま、顔が青ざめている。


「ありがとうございます。」


奏が再度礼を言い、10円玉が鳥居へ戻るのを待ったが、そのまま質問をする間もなく、10円玉が再び動き始めた。今度ははっきりと


「い」「の」「ち」「ほ」「し」「い」と示す。


「どういうことだ?10円玉が勝手に動いて…」


翔が思わず声を上げた。


「命欲しい…そう示されているわね。」


奏が低くつぶやく。


「なんでそんなに冷静なんですか!?こんなの、明らかにおかしいでしょう!」


優斗は青ざめた表情で訴えかける。

その時、彼の目に何か異様な影がちらついた。室内をじっと見回すと、視界の隅に確かに何かがいる感覚がした。姿は見えないが、ゆっくりと、明らかに3人の方へ近づいてくる気配が…。


「せ、先輩…!」


優斗が震え声で呼びかける。


「どうしたの?」


と不審そうに奏が応えると、優斗はかすかな気配の方向へと視線を向けさせた。

二人がその視線をたどった瞬間、視界が闇に包まれ、3人は意識を手放した____


暗闇の中で微かに響く声がだんだんと鮮明になっていく。


「おい、しっかりしろ、森下!」


聞き覚えのあるその声に、奏は意識が薄れたままつぶやく。


「椎葉君の声…?」


しばらくして、ハッと目を覚ました奏は、顔を覗き込む翔の姿を捉える。


「やっと起きたか。」


安堵した表情で、翔が小さく息をついた。その隣には、先ほどと変わらない表情で立ち尽くしている優斗もいた。


「私…どうなってたの?」


奏は頭を軽く押さえながら、周囲を見回した。足元には、先ほどまで行っていたこっくりさんの儀式用の一式と、転がっている懐中電灯がそのまま残っている。視聴覚室の景色も、どこか異様な雰囲気を帯びているものの、確かに変わらず存在していた。


「どうやら3人とも一瞬気を失ったみたいだ。」


翔が慎重に説明する。


「そう…2人は大丈夫…?」


奏は安堵すると同時に、2人のことが気になり、顔を上げて尋ねた。

翔と優斗は、それぞれ「問題ない」と「大丈夫です」と答えたが、その顔はまだ不安の色を浮かべていた。視線を落ち着かせようと、優斗がふと窓の方に目を向けた。


「窓の外が…変です」


優斗の声は少し震えていた。

その言葉に、奏と翔もつられて窓に近づく。普段なら校庭が見えるはずの視聴覚室の窓からは、ただ暗闇が広がっていた。何も映らず、吸い込まれそうな黒さが、異世界に迷い込んでしまったかのような不安を一層かきたてる。

奏は少し黙った後、口を開いた。


「多分ここは…冥界よ」


優斗は顔色を変えた。


「冥界って…本当にあるんですか!?そんなことって…」


奏は冷静な表情でうなずいた。


「そうね…。こっくりさんをしたことで、私たち、神隠しにあったんだと思う」


翔が息を飲み、顔をしかめる。


「ってことは、ここから出られないかもしれないってことか?」


「ええ…でも、必ず方法があるはずよ」


と言いながら、奏は視聴覚室をじっと見渡した。


「今は、手がかりを見つけるしかないわ」


翔が手を顎に当てて考え込む。


「でも、こっくりさんと神隠しの話くらいしか、今のところ何もわかってないよな」


「そうね…でも、こういう都市伝説の裏には必ず何かの事件が絡んでいることが多いわ」


と奏は視聴覚準備室の隅に置いていたカバンから、古びた都市伝説の本を取り出した。


「例えば『コトリバコ』って知ってるかしら?」と尋ねる奏に、翔が首をかしげる。


「ああ、名前だけなら。でも詳しくは知らないな…」


奏は本のページを開き、静かに説明を始めた。


「コトリバコは、呪いが込められた箱で、触れた人間に不幸や死をもたらすと言われているわ。ある事件がきっかけで、その箱を作った人の怨念が封じ込められているの」


優斗が戸惑いながらも興味深そうに耳を傾けた。


「もしかして、俺たちも呪いみたいなものに巻き込まれちゃったってことですか?」


「可能性はあるわ。でも、原因がわかれば、解決策も見つかるかもしれない。今回のこっくりさんも、きっと何か事件が絡んでいるはず。行方不明の二人を探しながら、手掛かりを見つけましょう。」


と奏は毅然とした表情で言った。

翔が困惑した様子で問いかける。


「二人は、どこに行ったんだ?」


奏はふっと視線を落とし、少し考え込むように答えた。


「わからないわ…でも、ここが冥界なら、亡者たちが集まっているはずよ。亡者たちは、生きている魂を求めていると言われているわ。だから…」


その瞬間、視聴覚室の扉が激しく音を立てて開き、暗がりの中に斧を持った得体の知れない影が浮かび上がった。


「私たちをここに閉じ込めようとしてる…逃げるわよ!」


奏は開いた扉とは反対側の隅に身をひるがえした。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


優斗が慌てて小声で叫びながらついてくる。3人は視聴覚室の奥の扉から飛び出し、暗闇に包まれた廊下を駆け抜けて、近くの教室に身を潜めた。

廊下にひそむ闇が耳を突く静寂に包まれる中、翔が息を整えながら囁く。


「あれが…亡者なのか?」


奏は暗闇に浮かぶ窓を見つめながら、声を低くして答えた。


「…たぶんね。」


優斗は荒い息を吐きつつ、壁に寄りかかりながらぼやいた。


「俺…最近全然走ってなかったから、もうバテてきました…!」


翔は優斗の肩に手を置き、真剣な表情で言った。


「しっかりしろ。あいつに捕まったら、もう逃げ場はないぞ。…でも、手掛かりを探すのも、こんな状況じゃ一苦労だな…」


「そうね、でもやるしかないわ…」


奏が冷静な口調でつぶやくと、3人の間に再び沈黙が訪れ、重い緊張感が漂った。

少し経ち、息を整えた奏が目の前の机を指さして提案した。


「この教室だけでも何か手掛かりがないか、探してみましょう。」


「そうだな、手分けして調べるか。」


翔が頷き、3人は教室の中を手分けして探し始めた。

やがて、翔が薄暗い棚の奥から古びた新聞の切れ端を引っ張り出し、声を潜めて言った。


「おい、これを見てみろ。」


奏と優斗が近づいて覗き込むと、色褪せた新聞の見出しが目に飛び込んできた。


「今から50年前の記事のようね…」


と奏が低い声でつぶやく。

見出しには『迷宮入りか!?謎のバラバラ死体事件』と大きな文字が並んでいた。

記事を読み進めると、夜の20時過ぎ、旧校舎の視聴覚室で巡回中の先生によって、生徒Aの遺体がバラバラの状態で発見されたと記されていた。さらに、そのそばの机には動物の死骸も同じように切り刻まれていたという記述があった。

優斗が息を呑みながら口を開く。


「…生徒Aだけじゃなくて、動物も…?普通の事件とは思えないですね。」


「ええ、しかも記事には『犯人の目途が立っていない』って書かれているわ。なぜ生徒Aがこんな目に遭ったのか、当時の人たちも理由がわからなかったんでしょうね。」


奏は眉をひそめ、さらに記事を読み進めた。

翔がそっと視聴覚室の暗い廊下に目を向けながら、考え込むように言った。


「…もし、この事件が原因で視聴覚室に何かが残っているとしたら、今回のこっくりさんに影響してるかもしれない。動物の死骸というのはおそらく狐だろうな。」


「…この生徒A、普通の人じゃなかった気がするわ。」


優斗が怪訝そうに眉をひそめた。


「普通じゃなかった…?」


奏は頷き、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。


「事件の内容もだけど、動物の死骸が見つかったっていうのが気になるの。おそらくAは単に犠牲者ってわけじゃなく、自分から何かに関わっていた可能性が高いわ。…これは私の予想だけれど……。」

そういって奏は静かに自信の考えを二人に語りだした。

白狐のこっくりさん


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